Malcos Miyaki(マルコス宮木氏)

船乗りからコーヒー生産者に

当時、船員として世界中を回っていた宮木総一は度々ブラジルを訪れていた。この国の景色や国民性に引かれて1938年永住する事に決める。 当時日本は不景気のどん底であり、多くの移民をブラジルに送り出していた。 その移民グループ中の高橋家の娘(高橋カタリーナ美恵)が宮木総一の息子(宮木ジョゼ良雄)と結婚する事になる。同じ移民ではあるが、 宮木家は船員時代の貯蓄があり生活も裕福であった。それに比べ移民として移住してきた高橋家は赤貧に絶える生活が強いられていた。
宮木総一はパラナ州サンタ・マリアナに土地を購入しコーヒー栽培を始めた。始めての事でもあり、年々仕事の面で驚きの連続であった。 4人の子供たちの中でジョゼ良雄のみが農場に残り父親を助けた。
ほかの子供達の1人はコーヒー栽培の代わりに大豆栽培を試みたが、失敗に終わり一家には大きな出費となった。 1975年ブラジルは大きな霜害に見舞われ世界のコーヒー価格は一袋400$に高騰した。これを契機に良夫のコーヒー栽培は勢いを増した。
  船乗りからコーヒー生産者に
1978年、宮木ジョゼ良雄、妻(カタリ−ナ美恵)は今日までの貯蓄でミナス州パトロシーニオ市に農場を購入した。 当時この地方はセラード・ミネイロと呼ばれ未開の地と言われていたが、その土地で栽培されているコーヒー収穫量の多さに惹かれ、 北パラナの農場を売却し、新しい農場購入金の未払い分に充てた。その後今日まで家族はパトロシーニオに住み続けている。
 
 

ジョゼ良雄の三男アデミール

200万本のコーヒーの樹  
1995年ゴヤス州立農科大学を卒業後、家に戻って父親を助ける。進路を決める時点で、父親は苦労の多い農業者よりも、社会へ出て、 弁護士、医師等を選考する事を期待したが本人の意思で選考した道であれば親として反対する事もなくその道を選ばせたのである。 但し、大学ではコーヒー栽培についての授業は無かった。ゴヤス州では当時コーヒー栽培は無かったためである。
父はアデミールに40ヘクタールの土地を与えて、コーヒー栽培をさせる事にする。無謀にもその間トウモロコシ栽培を試み、大失敗に見舞われる。 トラクター,収穫機等栽培に必要な機具無しでの冒険であった。事を始めるに当たって、 それに必要な体制を整える事が大切である事をこの失敗を通して学んだのである。

アデミールには6人の兄弟がいる。マルコスはコーヒー栽培に携わっており、ジオゴは現在農科大学に在籍中、4人の姉妹達のうちクリスチーナは言語矯正師、 エリーザは教育者、ルシアナは観光学科卒業、そしてジュッサーラがいる。ジュッサーラ夫妻を除いて他の姉妹たちの夫は全てコーヒー栽培に関係しているのである。
アデミールの妻はエリカ デ ソウザ サントス 宮木と称する。レオナルド6才男子、レチシア5才女子の二人の子供を持つ。
1999年父ジョゼ良雄が死去。子供達は其々遺産分配が行われ、まだ勉学中のジオゴはアデミールと共同経営をする事に決めた。 そのとき二人で受けた父よりの遺産は60万本のコーヒー樹であったが現在200万本へと増えあがっている。


高品質のコーヒーを求めて
パラナより高品質のコーヒー生産を求めて移ってきた父ジョゼ良雄が購入した農場はパトロシーニオとコロマンデルにまたがる標高1360mにあり、 他に3農場を有し、4農場総コーヒー栽培面積は380ヘクタールに及ぶ。ヘクタールあたりの収穫量は平均33〜35袋と言われている。 栽培品種はムンド・ノーボ、アカイア・ド・セラード、カツアイ・アマレーロ、カツアイ・ヴェルメーリョ。 その後トパージオを定植、2007年にはブルボン・ヴェルメーリョを植える。本来はブルボン・アマレーロを植えたかったのであるが、 苗木が見つからずヴェルメ−リョを定植したのである。この種類の生産量は落ちるが品質の良いコーヒーを生産するのである。


コーヒー貯蔵用サイロ
収穫後のコーヒー豆の貯蔵に、最初は組合のサイロ、次の2年は個人のサイロ等を借りて貯蔵に努めたが思わしい結果が得られず後、倉庫を購入し自ら貯蔵に努めた。 その後、貸しサイロ業を思い立ちアデミールとマルコスで共同経営をする事業を設立した。

 
 

高品質コーヒー生産には何の秘密も無い。

高品質のコーヒー生産は高冷地に定植し、日々の手入れと施肥を怠らない事だけである。
同農場内でも最も良質のコーヒーが収穫される農場は高冷地のシャローン農園やセーラ・ネグラ農場である。
コーヒー栽培者がよく悪い点ばかりを見て泣き言を言うが、彼は常に品質管理に力を入れ、常に販売市場を見つめて一切の泣き言は言わない。
世代の流れでもあるが今日では日本との関係は薄れ、父宮木総一時代で日本語は消え、息子、孫の代では完全にブラジル語の世界である。 今、日本を訪れるとすればまず、ブラジルの観光地等の事を勉強して行かねばならない状態である。とジョゼ良雄は話していた。
  高品質コーヒー生産には何の秘密も無い。
 
 

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