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商品詳細

Glacione Jose Fernandes マイクロロット2015マイクロロット

基本情報

農園名:
Sítio São Domingos サン・ドミンゴス農園 (Fernandes農園) ※兄弟のPauloと農園内で区画分けしている。
生産者:
Glacione Jose Fernandes パウロ・セザール・フェルナンデス氏
生産地:
ミナス・ジェライス州 エスペイラ・フェリス市  サン・ドミンゴス地区 カパラオ地域
栽培品種:
カツアイ・ヴェルメーリョ
標高:
1,000m〜1,200m
精製処理:
Pulped Natural

商品詳細

より良い生活を送るため、コーヒーの生産拡大を始めたのは、グラシオーネの父親であった。 その世代に於いてコーヒー栽培で生計をたてるのは容易なことではなかった。当時、コーヒー価格は良いところまで達していたが、現在の価格と比べると非常に安かったし、そして農園が標高の高い地域にあるため、他の地域と比較して生産量は少なかった。今でこそ、グラシオーネは、その場所と標高は、より良いコーヒーを常に採れる場所であることは知っているが、当時は売却する際に“味のあるコーヒー(良い品質)”と“リオ・コーヒー(低級品)” の差は無く、同一の価値であった。それは、根本的に当地でのバイヤーの不足に起因していた。一人だけのバイヤーの時は、彼の言い値で売るより他はなかった。

この状態は徐々に変わった。別のバイヤーが当地域に訪れだし、良品質と低級品とが差別化されるようなった。今日では、良質のコーヒーに対するよりキメ細かな等級分けと価格設定がある。それ以外に、産者側に於いてもスペシャリティコーヒーの存在について、より一層の認識が高まった。多くの生産者が、より高い評価と(ランキングでより良質の)スペシャリティコーヒーを探求し、取扱いや現場作業を改善に取り組んできている。

 

 

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コーヒー栽培は、若い頃から見習ってきたグラシオーネの代まで、代々受け継がれた。また彼は、大きな難題にも遭遇してきた。特に、コーヒーの価格が最安値の間に、肥料価格が高騰した時期は、赤字であった。グラシオーネの農場では、彼が畠で働き、彼の妻は家事に従事する。彼にはコーヒーの仕事を手伝う14歳の一人の息子がいるが、学校での勉強に専念している。グラシオーネは、コーヒー収穫期で忙しい時、7人の兄弟か歩合制労働者と交代してもう。また必要な時は、一家は日雇労働者と契約する。何年か前、グラシオーネは、コーヒーの品質向上を探求するための技術を採用する地域の人々を見るようになり始めた。クオリティー・コーヒーを良く理解している近所の人からの刺激や助けを受け、試作をこころみ、彼もまたこの道を歩むために作業方法を変えた。

グラシオーネは、適正な熟成の状態になるに従って収穫を始める。コーヒーは、標高が低いほど先に熟すので、彼は標高の低いところから高い方へと収穫を実施する。この様に彼は収穫に最適な豆を選別し、コーヒーの質を獲得する。また彼は、収穫時期や(圃場や標高よる)畠ごとにより、収穫した全てのコーヒーをマイクロ・ロットに分ける。このやり方は、味も香りも独特な一つ一つ違ったロットを産む。標高が高くなるほどコーヒーのテスト結果が良くなる如く、コーヒーは畠の各場所によって違った様相を形成する。その後、香りや味を変化させる恐れのある大地からの過度の水分による発酵を避けるために、コーヒーは畠から乾燥場へ週3回運ばれる。また彼は、農薬を使わない。畑を横切る通り道の手入れ為に除草剤を使うのみである。

彼は、コーヒー園の畝間を除草機のみで管理する。そして冬場は自然と草丈が低くなると彼は言う。

味覚特長

香り:グレープフルーツ・レモン・ヨーグルト・ハーブ・オレンジ

フレーバー:レモンやベリー系で酸が強め。

 

 

 

 

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パウロは、地域の人々がクォリティー・コーヒーの生産に於いて知識を身に付け、投資するのは、より良いとこと確信している。なぜなら、市場ではこの手の製品に対する大きな将来性があり、生産者の評価を高め、利益を向上させるからである。パウロはコーヒー生産者になることを決断した訳ではない。彼は畑の中で生まれ、コーヒーが本当に好きだから働いているのだと言う。子供のころから彼はコーヒー園で働いたが、決して義務的なものは無かったと語る。全く働かなったこともしばしばで、森の中ではしゃいでいることが、より多かった。

パウロは玩具を持っていなかったし、父が庭に置いていた板で、おもちゃの車を作ったりして、それ以外に何も現実のことは考えなかったし、あれが彼の現実だった。青年時代、多くの夢は持っておらず、たしか車かバイクの一台を持つくらいの夢であった。でもコーヒーが溢れる彼の大地を見たいという意欲は持っていたし、毎年少しでも多く植えていた。 今、農園はコーヒー畑で一杯になり、パウロと家族が、今まで築き上げてきた全てのものは、コーヒーのお陰である。

“我々は他の仕事はしない。あるのはコーヒーだ。我々の生活基盤、そして今、我々こうしてある全てを、コーヒーは与えてくれた。”と彼自身は語る。

収穫後、一家全員で、皮むき作業に多くの時間を費やす。皮剥き機は、コーヒーを選別しながら、熟した豆とボイア(低品質のコーヒー豆)や青実とを分ける。グラシオーネが生産したコーヒーは、以前から既にハードタイプに等級分されていたが、コーヒー収穫期中に雨が降った時は“リオ(低級品)”となっていたと彼は語る。選別した後に豆を乾燥している最中に、もし雨があれば、コーヒーは多くの水分を吸収し発酵や、特徴が変わることもある。青実や僅かな数量のコーヒーは露天の乾燥場へ乾燥の為に持って行くこともあるが、劣化問題の解決法として、如何なる雨からも熟成豆を守るためのハウスをグラシオーネは建てた。

今日、グラシオーネは、いくらかの(最高品質の)スペシャリティコーヒーを生産し販売する。そしてWashedを出品した地域の品評会で2007年に優勝した。

農園は一家のものであり、それぞれに分けられた場所で兄弟達は働く。

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グラシオーネは、子供の頃から畠へ働きに行かなければならなかったし、この道を直ぐに継いだ。青年時代に多くを夢見ることは無かった。欲かったのは1台の車と、家庭内で必要なものが何も不足なく、金銭面でよりのんびりとして生活することであった。彼は金銭面でのゆとりは手に入れた。今あるもので良い生活を送っているし、スペシャリティコーヒーの生産に挑戦しながら、更なる経済的な改善を追求していると彼は言う。グラシオーネは、スペシャリティコーヒーの理念を好み、何か変わったことを好む。彼が歩んでいる新たな道に意義を見出している。なぜなら、生産物の価値を向上させるほか、販売を伸ばし、また異色の行動やクオリティー・コーヒーを通じて、同地域を一つの“ブランド”として定着させながら、地域や“彼の”コーヒーを広く知らしめるからである。