ニウトンと彼の息子達は、畑で最も熟した豆を選びながら、一粒一粒、約80%程のコーヒーを手摘みで収穫する。熟した豆のみがコーヒー樹に残った収穫の最後の時期にのみ、摘取り機を使う。 この方法で収穫する為、コーヒー豆を採るのに、それぞれの樹を4回ほど廻る。彼の家族は一緒になって、品質を保持の為、丁度よい状態になった全ての豆を採りながら、毎月コーヒー園をまわる。彼らは、それぞれの収穫で香りや味に独特の特徴や違いがあるコーヒーを、異なるロットに分ける。
施肥は、頻繁に行う土壌分析に従い行う。この方法により、コーヒー樹の最良の生育ために必要な栄養分が一切不足していない土壌へと改良される。
コーヒー園で実際に病害が発生していないので、彼らは農薬を散布しないし、すでにこの4年間、除草剤は散布していない。なぜならば、全ての蟻やその他の昆虫を駆除することは、生態系やコーヒー園を対して良い結果をもたらさないからである。 その他の方法として圃場の中のシーダーの植付である【シーダーは、ひび割れた樹皮からスパイスの香のする樹液を出すヒマラヤスギ属の樹木】。木陰がコーヒーの実を大きくするためと、ニウトンは言う。彼はまた、自然のものであれ、そうでないものであれ、圃場の中で伸びた樹木を取り除くのに抵抗があり、畑で腐食するまでそのまましている。その為、彼はコーヒーを害すると感じるものだけを取り除く。
収穫後、70%か、もしくはそれ以上の豆は、チェリーが取り除かれる。露天式の乾燥場の乾燥では雨に打たれる可能性があり、コーヒーを守る為に温室状の屋根のある乾燥場へと運ぶ。これは、コーヒーの全ての味を変えてしまう発酵のない乾燥を行うのに重要ポイント である。
今日、ニウトンは幾つかのロットのコーヒーで高い評価を既に得ている。今、彼は本当に高品質の味のコーヒーを生産し、正にクオリティー・コーヒーを確立したと思っている。彼は僅かしか収穫しないが、良品質で他より更に価値のあるコーヒーである。
彼の農園は最近“シッチオ・ド・スセッソ【=成功】”名づけられた。その理由は、これほどまでに良質のコーヒーが出来るとは、一家も考えてもいなかったからである。
ニウトンの幼少期は穏やかではなかった。9歳の時に父親を亡くした。その為に仕事や人生に対する教育を受ける機会はなかった。全て他人の姿を見て覚えた。
彼の家族は年金を受け取り、地域の多くの人々から助けられた。彼の父親が亡くなった時、資産目録には支払うのに充分なお金がなく、その時には土地を売らなければならなかった。やがて、若い時の彼の夢は、正に自分自身の僅かながらの土地を持つこととなった。
彼が家族から独立した時、歩合農として働いたが、農場主が来た時だけしかコーヒーを畑から乾燥場へ運べず、彼のコーヒーの品質は低下し、いつも“リオ・コーヒー”(低品質のコーヒーに使われる名称)として売るしかなかったと彼は語る。それは彼の資産状況を大変悪くさせていたが、時間をかけ多くの仕事をし、彼自身の土地を手に入れた。そして今日の安泰をもたらしたことに、彼はコーヒーへ感謝している。彼は、家や特別な事をしに町へ行くための車を持ったと話す。“アルト・デ・サン・ドミンゴス集落の中に住んでいる。それはアルト (=高い)である、しかし、それ程でもない、今ではここにたどり着くのは簡単だからだ。 |